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レース情報:サハラマラソン


第16回サハラマラソン・レポート

初日。出発の様子。1日目:目の不自由な少女をサポートするフランスチーム「Dunes d'Espoir」

開催日 2001年3月30日〜4月7日
30日(金) パリ集合/モロッコへ出発
31日(土) レース準備/テクニカルチェック
 1日(日)〜7日(土) 食糧自給によるレース開催(7日間)
 8日(日) 表彰式
 9日(月) モロッコ出発/パリ到着・解散
コース エルフード〜タザリン(モロッコ)243Km
レース内容
ステージ 日付 距離 コース
第1ステージ 4/1 25Km 谷渡り、砂利道、小さな砂丘
第2ステージ 4/2 21Km 砂丘、石のある台地など
第3ステージ 4/3 38Km 山の上り坂、砂地など
第4ステージ 4/4-5 83Km 緩やかな斜面、小さい谷間、ブッシュなど
第5ステージ 4/7 42Km 砂地、小さな村、谷など
第6ステージ 4/8 22Km 小さな丘、砂地など
出場者 35カ国 611名(内訳:男性539名、女性72名)
日本人選手 20名(内訳:男性13名、女性7名)
棄権者 計64名
完走者 547名
日中平均気温 日中平均35〜38℃ / 湿度20%前後 / 明け方平均15〜16℃
(第3ステージの大砂丘越えでは、14時時点で42℃)
スタッフ総数 252名
(AOI:92名,医療:30名、プレス:70名,ベルベル人:60名)
ジープ車 45台
テント総数 135張(スタッフ60,選手75)
使用した水 70,000リットル
受信した応援メール 1日800通
送信したeメール 1日200通
総合1位 アハンサル・ラッセン(モロッコ) 18H42.10
2位 アハンサル・モハメッド(モロッコ) 19H35.23
3位 アイタマアール・ムスタファ(モロッコ)20H00.45
女性1位 (総合8位)フィアコニ・フランカ(イタリア)23H46.46
2位 (総合25位)貝畑和子(日本)28H27,25
3位 (総合30位)パッセヴ・タニア(アメリカ)29H04.48
2日目:出場者が泊まるビバークは、ベルベル人の伝統的な住居形式。今回は74張用意された。3日目:Znaigui砂丘を進む。6日目:Ait hadou村近くのパームトゥリー横を走る。
貝畑選手のコメント
このレースをふりかえって
厳しくて長いレースだった。他のマラソン大会と違ってただ走るだけでなく、生活しながらゴールを目指さないといけないのが、このレースの特長。食料や睡眠、メンタル面を含めた生活管理を要求された。
一番苦しかったところは?
2日目の午前中の大きな砂丘越えとロングレース(82Km)。その場で頑張って走らないといけないが、力の配分を考えて無理をしてもいけないと思った。ロングレースの時、夜になってから昼間の疲れが出てペースが落ち、また、暗くて悪路に足をとられた。
反省点は?
最初に用意した食料が多かった。食料だけで6Kg、荷物全部で10Kgだった。最終的食べた食料は半分だけ。レース後半胃腸が弱くなり、雑炊のように水分をたっぷりとって柔らかくしないと食べられなくなったので、半分は不要だった。
どんなトレーニングをしたのか?
1週間に2〜3回、36Km位の距離の山道を荷物を背負って走った。いつも一人でなく、山好きの友人と一緒だった。それ以外の日は1日1時間位普通の道を走った。
次の抱負は?
地元の100Kmレースなどに出たい。賞品でお米がもらえたり、別荘地があたるなど、最近、企画されたユニークな賞品の大会に興味を持っている。
来年あたり、サハラにまた出てみたい。高橋親子に触発されて、子供と親子で走るのもいいなあと思った。
これから出場を考える選手へアドバイスは?
夏、山をリュックを背負って長い時間かけて走ること。靴選びを入念に。一般的には底の厚いもので、サイズが少なくとも2インチは大きめをはく方といい。砂よけの工夫も必至。
1週間の思い出は?

私自身、同じテントの日本人の仲間と寝食と共にしながら励まされ、精神的に本当に助けられた。レースの緊張と疲れを癒すことができた。ほっとするテントに帰れたことで、コンディションを維持できたと思う。この仲間との出会いが、結果に勝る宝物だった。地球上にある想像を越えた自然や地形を目で見、足で確認しながら走る。こんな大会は本当に楽しい。見たことのない壮大な自然を求めて、また、出たい。

フィアッコーニ・フランカ選手のコメント
貝畑選手の印象は?
レースの前からニコニコとして感じの良い人だと思った。1度並んで走った地点があり、軽く挨拶を交わした時も、穏やかだが、力強いランナーだと感じた。
貝畑選手はあなたが歌を歌っていたといっていましたが?
(大笑いした後)あら、聞こえてたの。そう、私は夜は景色も見えないし退屈で,よく、カンツォーネを自分で歌って楽しみながら走ってるの。
このレースの印象は?

よく企画されている素晴らしい大会。風景に魅了され、長い距離を楽しみながら走ることができた。それにテント生活を通して、自然の厳しさや素晴らしさ、他の選手との出会いなど心に触れる時間を持つことができた。

アハンサル・モハメッド選手のコメント
どんなトレーニングをしているのか?
1週間に200Km走っている。自分の体をレース中の環境(地面や暑さ)に適合させる訓練をした。荷物は背負う時もあるが、持たない時もある。
レース中どんな食料をとっていたのか?
母が作ったデイツ(なつめやしの実を長い間甘漬けしたもの)やアーモンドやくるみなどを走りながら食べた。これらのナッツ類小さくて軽いけれど栄養がある。デイツは、母の秘伝の味で兄もしっかり食べている。
レースの後はお米やクスクスを食べた。また、ハチミツをなめてビタミンを補給した。
フランス人選手がビバークに到着。最終日:221キロ走破。
高橋親子のコメント
最高にエキサイティングで刺激的な楽しいレースだった。様々な選手と知り合えたことと、息子と完走できたことは何よりも嬉しい。レースを終えて、息子が彼なりに何か掴んだのを感じる。サハラには息子から出てみたいという意志表示があり、何とか今回実現させたかった。
2日目のゴールの後、息子が倒れた時は必ず回復すると信じて願った一方、明日から一人で走ることになったらどうしようと、不安で一杯になった。
(1晩中点滴を打って眠った後、彼は回復)
二人で走りながら何気ない話しもしたが、疲れるとお互いだまりこくったり、ひょんなことで怒ってけんかをしあったりもした。最終日もゆっくり進むつもだったのに、ゴール前約6km当たりから息子が急に走りだして、驚きながらもつられて走った。想像以上に力が出せた。最後に二人で力一杯走ってゴールを踏めた時は感激した。
息子 BSのTV番組を見て、「すごい大会があるんだ」と驚いた。「歩いてもいいのなら完走できるかな」と思った。サッカー部の仲間は、「そんな過酷なマラソンに出て、大丈夫か?」と心配し、「戻ってきたらレギュラーの座はないぞ」と、からかわれたりした。
想像を絶する寒暖差がきつかった。1日目は「これがサハラの砂漠か!」と感動したが、翌日からはそんな余裕もなくなった。
2日目でふらふらになりながらも、「2日目で終わるのはくやしい」とか「参加費もせっかく払ってるのに」とかいろいろ自分自身を励まし、何とかこの日のゴールまではたどりつこうと歯を食いしばって進んだ。1晩点滴を打った後、日本人のみんなが食事さえしっかり摂ったらまた元気になると励ましてくれた。
僕が倒れた時、見も知らない外国人選手が担いで医療テントまで運んでくれたことが忘れられない。自分だったらできなかったこと。外国語をもっと勉強してコミュニケーションをとりたい。今まで遠くて未知な世界だった海外が身近になった。
最年少選手で表彰された時は、すごく嬉しかった。トロフィーを持って戻ると、知らない選手が次々とおめでとうと声をかけてくれた。
レースを終えて、母をこれからもっと守ってあげたいと思った。
<医療班DOC TROTTERの報告>
使用した医療用具 1.8t
薬300Kg
包帯100Kg
医療処置 延べ約2,000回
300回は重度
1,700回が軽度
重度の症状 脱水症状(100)
すじの損傷(65)
点滴(71)
1人の選手は心臓マヒを起こし、緊急蘇生処置によりようやく命をとりとめた。
この選手の体温は41.6度あり、この状態では約60%は死亡する。緊急医療の専門医が必要なのはこのため。
軽度の症状 足の手当(マメなど)が830
化膿止めが550
ザックによるこすれが280
1996年に私設医療サービス協会としてパリに設立。現在加盟医師,看護婦等が180人。スポーツ大会を医療的にサポートするが目的。医療スタッフはすべてボランティア。スポーツ大会の特色、開催国などの条件に合わせてスタッフを選抜し(各自の通常勤務の休みとの調整後)、派遣している。

個人
総合
順位
ゼッケン 出身 年齢 タイム トップ
との差
平均
時速
(Km)
備考
1 1 男性 モロッコ 30 18H42'10" 0H00'00" 12.99 3年連続3回目優勝
2 2 男性 モロッコ 28 19H35'23" 0H53'13" 12.40 97年、98年優勝
3 6 男性 モロッコ 26 20H00'45" 1H18'35" 12.14  
8 4 女性I イタリア 35 23H46'46" 5H04'36" 10.02 女子1位
25 379 女性 岡山県 47 28H27'25" 9H45'15" 8.54 女子2位
30 297 女性 アメリカ 41 29H04'48" 10H22'38" 8.36 女子3位
78 380 男性 香川県 26 32H45'45" 14H03'35" 7.42 日本男子1位
104 393 女性 神奈川県 29 34H36'19" 15H54'09" 7.02 女子7位
117 392 女性 神奈川県 29 35H44'24" 17H02'14" 6.80 女子9位
122 384 男性 愛媛県 28 35H53'59" 17H11'49" 6.77  
126 387 男性 千葉県 47 36H49'08" 18H06'58" 6.66  
150 390 女性 東京都 33 38H14'44" 19H32'34" 6.35 女子12位
292 381 男性 神奈川県 58 46H18'07" 27H35'57" 5.25  
305 378 男性 静岡県 50 47H13'55" 28H31'45" 5.14  
311 386 男性 大阪市 30 47H30'24" 28H48'14" 5.12  
314 391 女性 茨城県 52 47H36'32" 28H54'22" 5.10 女子27位
317 389 女性 埼玉県 44 47H53'45" 29H11'35" 5.07 女子28位
357 383 男性 静岡県 29 50H43'30" 32H01'20" 4.79  
404 377 男性 京都市 19 54H23'59" 35H41'49" 4.47  
436 375 男性 大阪市 38 57H38'24" 38H56'14 4.22  
449 382 男性 大阪市 39 58H42'23" 40H00'13" 4.14  
502 376 男性 高知県 52 65H08'12" 46H26'02" 3.73  
519 394 女性 高知県 46 69H29'32" 50H47'22" 3.50 女子60位
520 385 男性 高知県 17 69H29'46" 50H47'36" 3.50  
Retire 388 男性 京都市 60 けがのため第2ステージより棄権
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