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トランス・アキテーヌ:挑戦記

挑戦者: 峯澤美絵(33歳)
レース: 第3回トランス・アキテーヌ
期間: 2007年6月4日〜9日
開催場所: フランス・ボルドーを中心とする大西洋南西部

何気ない言葉に心救われた - 大西洋沿岸、6日間230qの耐久レース -


フランス・ボルドーから西へ3時間車を走らせた大西洋沿岸。この大西洋沿岸を北から南へ6日間230qを、食糧や生活用品一式を背負って自給自足で走るレースに日本人ならぬ、唯一のアジア人としてエントリーした。

“何とかなる”が通用しなかった言葉の壁

1日の走行距離、約25〜60qと制限時間が決まっていて、6日間230q6ステージに分かれた耐久レース。水とテントは支給され、その日のゴールがキャンプサイトとなり、翌日のスタート地点になる。こうしたステージレースに参加するのは今年で三度目になる。過去サハラ砂漠、チリのアタカマ砂漠だ。

世界11ヶ国133名、うち女性は21名、イギリス、スイス、スペイン、ドイツ、オーストラリアなどから数名、そしてアジア唯一の日本人の私、他はすべてフランス人だ。

レースの2日前にはスタート地点に選手は集合し、必須装備品や食糧のカロリーチェック、メディカルチェックを受けなければスタート地点に立つことはできないのだ。これらのチェックをクリアすると、2人1組のテント生活が始まり、テントメイトは以後レース中ずっと同じで寝食をともにし、苦楽を分かち合うというスタイル。

ところが英語もそこそこの私と、フランス語しか話せない多くの選手とのコミュニケーションは困難を極めた。「言葉が話せなくても何とかなるかな」と思ったのは大間違い。会話が続かずフランスにいても島国にいるようなとても寂しい気持ちになってしまった。

畳1畳ほどのテントを2人で使用食糧のカロリーはリストにして提出

日々の何気ないフレーズが大きな支えに

緊張はほぐれることなく迎えてしまったレース初日。そんな私に多くの選手達が肩をポンとたたき「ゴールでね」と。言葉の壁はあっても思いを共有できた瞬間で、自分を覆っていた殻が割れ、肩の荷が下りた。これがスポーツマンシップのいいところだ。

27.7qの1日目。アップダウンのある山道を抜けた15q地点で、スタッフが「この後の森は暑いからたっぷりと水を飲みなさい!」と。初日でペースがつかめず走ることに必死だった私は、冷静さと自分のペースを取り戻した。2日目44.2q、砂地の不安定なコースが続く32q地点で失速、気づけばドミニクと2人だけ。私よりよっぽど余裕のある彼は、10m進んでは振り返り、私に手を振る。残り300mで「最後は君が先にゴールしなさい!僕はラストランナーだ」と背中を押してくれた。びりは恥ずかしいことではないけど、その気遣いがうれしかった。

レース最大の難関54.2qの3日目、見通しの悪い森で道に迷った私に「僕を信じなさい!ゴールしたい気持ちは同じだからきっとできる」と、道標になってくれたスイス人のプランツ。大きなタイムロスをし、焦る私はこの言葉に心救われたのだ。

4日目は20時半にスタートするナイトレース。手を着かないと登れないほどの砂丘や、真っ暗闇の森の中を走る極めて不安なコース。レース直前にテントメイトのジェロームが「今日は明け方のゴールでキャンプサイトも真っ暗だ。先にゴールしたほうがテントにゼッケンを張って寝よう。それがおかえりの記しだから」と言いハグをしてくれた。ゴールに着くと、約束どおりテントに張られたゼッケンが疲れた私を迎えてくれた。

疲労も足の痛みもピークの5日目。カメラマンのポールは、永遠に続く砂地の森の中で覚えたての日本語で「美絵!がんばれ、がんばれ」と。そして彼は翌朝、多くの選手に「Good luck!は日本語で“がんばって”だから美絵に声をかけてあげて」というと、周りの選手が妙な発音で、でも温かいまなざしで「がんばれ!」といい満面の笑みでウインクを投げてくれた。どんな栄養剤よりも疲れを吹き飛ばす効力のある一言だった。

最終日、「Good Morning!」「Are you Ready?」「Are you OK?」すっかりこのフレーズが合言葉になった私とテントメイトは、この言葉を交わしスタートラインに立った。32℃を越す暑さ、その上コースは海岸沿いの砂浜で日陰が無く、じりじりと肌が焼けた。力尽きそうになったときみんなんの声援がかすか耳に届き、ゴールが近いことに気づいた。人影がみるみる大きくなりやがてゴールをすると、スタッフや多くの選手が拍手喝采で迎えてくれ、痛いほど強く抱きしめてくれた。そして日々の些細なひと言が私を支えた6日間のレースは幕を閉じたのだ。

コースはロードマップとマークポイントを見ながら進む砂地では予想以上に体力を消耗

凡人も逞しくなれる、それが耐久レース

フルマラソンは5時間半、決して速くない。ずばぬけて体力があるわけでもない。トレーニングは週に3回、1日10q程度だ。加えて身長152pと小さいゆえに歩幅も狭い。つまり凡人の私でもゴールできたのは、すばらしい脚力でも並外れた根性でもなく、他の選手やスタッフの言葉が背中を押してくれたからだ。寝食をともにし、同じように汗をかき疲労を感じ、足の痛みに耐えたからこそ互いへの称え励ましの言葉が生まれる。自分の弱さに直面したとき、その言葉から勇気をもらい、また時には自分からも労いの言葉をかけることで深まる絆。ステージレースはこの繰り返しの日々で、完走の達成感はもちろん、少しだけ逞しくなった自分を感じ、たまらなく嬉しい、だから耐久レースにはまるのかもしれない。

最後のランナーが来るまで炎天下で待つスタッフ


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