トップページに戻る 国境なきランナーズ(Runners Without Borders)
お問い合わせはこちらから サイトマップ English Page
レース情報 レースQ&A メールマガジン 活動報告 リンク
サイドメニュー:ネーチャーマラソンとは?サイドメニュー:レース一覧サイドメニュー:レース体験記
レース体験記:サハラマラソン挑戦記

挑戦者:片山 義規(香川県香川郡 27歳)
レース:第17回 サハラマラソン
時期:2002年4月約15日間

例年にない砂嵐によって砂で埋まってしまったテントの内部 砂漠には必需品のサングラスが壊れてしまった片山義規氏

三度目になると、いままでの経験を活かし装備や体調面もうまくいくはずだった。
バックパックの総重量11kgと、去年とあまり中身も重さもかわらないが、今年はあまり気負わず楽しく走ろうと、MDプレ−ヤ−を持っていった。

食料は、アルファ米(4種類)味噌汁(6種類)あとは行動食。毎日朝晩の食事は、
アルファ米と味噌汁だけだが、毎回組み合わせに悩んでしまう。まわりから見ればくだらない事だろうが、他にすることがないので真剣になってしまう。
去年そして今年も、持って行くのを忘れていたのがラ−メンだ。初めて参加した時にラ−メンを持ってきている人が何人かいて、すごくおいしそうに見えた。今度参加する時は必ず持っていこうとおもっていたが、今年もすっかり忘れていた。

今年のレ−スで感じたのは、日に日に強く吹き荒れる風と寒さだった。
パリまでの機内で、冷房がガンガンにきいていたので早速体調を崩してしまった。結局レ−ス終わるまで体調が優れないままだったため、寒さがよけいにこたえた。

第1ステ−ジ 26km
今回のレ−スは順位を上げようと、少し底の薄いトレイルランシュ−ズを履いて走ったのだが、石が多いところではかなり痛い。ゴ−ルして靴を脱いで見ると、靴下の底が何か所か破れていた。3足しか持っていなかったのに、早くも破れるとは・・・。水ぶくれも数箇所できた。石の多いところより砂丘を走るほうがよかった。
10kg以上の荷物を背負い、砂浜を走る練習は何度かしたが、川底などの石の多いところを走っていなかったので、こうなるとは思っていなかった。
残りのステージも石がごろごろしていた。
風は強く吹き続け、口の中はいつもジャリジャリしていた。去年は寝るときに暑かったので、今年は少し小さめの寝袋にしたのが間違いだった。とにかく寒くもう一枚上着を、もっておくべきだった。

第2ステ−ジ 36km
朝食を済ませ準備をしていると、サングラスがない。探していると、バックパックの下にあり、真っ二つに割れていた。しかたなくサングラスなしで走るのだが、だんだん風が強くなる。前を向いて走れる状態ではなかった。後ろから4人の選手が走ってきて、「一緒に行こう!」と言われた。後ろにいるとあまり風は来ないし、砂も目に入って来ない。しかし、このままずっと後ろを走るわけにはいかなかった。5人で先頭を交代しながら、走ることになった。でも、私は先頭に立つとすぐに後ろに下がった。

ゴ−ルしてメディカルで足の水ぶくれを治療してもらいながら、サングラスが壊れたことを話すと、隣のテントでサングラスを売っているとのこと、購入した。もし売ってなければ、このレ−スの完走は危なかっただろう。

第3ステ−ジ 31km
今日も昨日より風が強く感じる。鼻をかむとすごい色の鼻水が出てくる。ゴ−ルの数キロ手前でかなり風が強くなり帽子が後ろに飛ばされる。視界が悪く、帽子を取りに行っている間に、一緒に走っていた選手がかなり先にいるように見える。ゴールして仮眠していると、下に敷いてあったじゅうたんが見えなくなるくらいまで砂で埋まっていた。埼玉から参加の菊地さんがお湯を沸かしているのだが、クッカーのふたがないため、お湯を沸かしているのか砂を沸かしているのか分からないくらいに砂がたまっていた。日本で生活をしていると、砂の入った湯なんか捨ててしまうが、ここにいるとだんだん慣れて、砂が入るのがあたりまえのような感覚になってくる。

第4ステ−ジ 71km
男性上位50人と、女性5人は12:00スタ−ト。しかし風が強く11:30のスタ−トとなった。砂が雨のように降ってくるみたいだ。視界も悪く前を走っている集団が、すぐに見えなくなる。 この日は砂丘列が多く、暗くなる前に抜けたかったが間に合わなかった。砂丘には目印の照明スティックがなくコンパスだけが頼りだった。ヘッドライトを点けているが風が強く砂が体に突き刺さるので、サングラスがはずせない。そのため数メ−トル先しか見えない。明るければ少し遠回りをしてでも、なるべくアップダウンを避けて走るが、暗いので直線で進む。転がり落ちそうな下りがあったり、四つん這いになり登るしかできない激坂があったりと、試練をあたえてくれる。栄養ドリンクの「ファイトー一発!!」のCMに負けないぐらいにふんばった。砂丘列を抜けて最後のCPからゴ−ルまでが辛かった。寒く一歩一歩が足の裏にひびく。「ここで無理をすると残りのステ−ジが走れなくなる」とか「夜の砂漠を満喫しよう」などと、もっともな言い訳をし、走ることから逃げていた。

しかし、こういう時に役に立ったのがMDプレ−ヤ−である。好きな曲を何度も何度も聴いていると、元気が出てきて気持ちも入れ替わる。「逃げていた弱い自分」を振り払うかのように、走った。そのままゴ−ルまで走ることができた。

次の日は、まだ走っている選手がいるが、ゴールしている選手は休息日になる。この日は一番寒く感じた。昼でも寝袋を体に巻いて、うろうろしている選手が何人かいた。私は、寝袋にうずくまって一日を過ごした。

第5ステ−ジ 42km
この日はスタ−トからゴ−ルまで4人でゴ−ルを目指した。途中から2人になり、今までならこういう場合一緒にゴ−ルをして健闘をたたえあうのだが、ゴ−ル手前で一緒に走っていた選手がスパ−トをかけた。ここで負けたら今日の夕食が美味しく食べられないような気がして、今大会初の猛ダッシュをした。勝利したのは私である。ゴ−ルして、しんどいのを我慢して笑顔でその選手を迎えた。さぞかし悔しかっただろう。夕方ぼ〜っと外を見ていると、円になっているテントの真中に車が入ってきて、何やらスタッフが準備をしている。よく見ているとコ−ラがあるではないか!!スタッフが選手に取りに来いと合図をした。一番に反応したのは僕だ。今大会2度目の猛ダッシュ!茨城から参加の小室さんに先を越されたが1、2位を独占したのは日本人だ。

この日はレ−ス最後の夜。寒かったが風は穏やかで、今までで一番星がきれいに見えた。

第6ステ−ジ 20km
この日は最後ともあって、皆ペ−スが速い。昨年の最終ステ−ジは、ほとんど走ることができなかったが、今年は速いペ−スで走ることができた。
レ−ス中は早く終わって、「ビ−ルが飲みたい」と毎日思っていたが、ゴ−ルの村が見えてくると「これでもう終わってしまうのか」と、なんか寂しさがあった。
ゴ−ルが近くなると、村の人たちの声援がだんだんすごくなっていく。
疲れも吹き飛ぶような声援を受けながらゴ−ルできた。

一昨年の悔しさを晴らす為に去年参加、去年の悔しさを晴らす為に今年参加と、思っていたのだが、それ以上に楽しいから参加しているのだと気付いた。
日常生活では味わえない時間の流れ、疲労と浪費、つらさと喜びがあるレ−スがしたいなら、サハラマラソンをおすすめします。

レース体験記一覧に戻る